海金剛 美しい景勝地 船舶には危険地帯

1890年…
明治23年、609人の乗組員のうち540人が犠牲になった。
トルコ軍艦の慰霊碑です。w
海金剛 美しい景勝地 船舶には危険地帯
高台に設けられた見晴らし台から見ると、いくつもの巨大な岩が、峨々(がが)たる山脈のように並ぶ。そこに太平洋の荒波がぶつかり、白く砕け散る。海辺の風景なのに、雲海から突き出た山脈を上空から見下ろしているようでもある。
海金剛(和歌山県串本町)は、紀伊大島の東端近くにある。同町の記録では、紀伊大島が吉野熊野国立公園に指定された昭和11年、雲海にそそり立つ朝鮮半島の金剛山の山々になぞらえて、この名が付けられたとされる。
しかし、目には美しい景勝地も、近くを航行する船舶にとっては、危険地帯ともなる。
明治23年、トルコの軍艦、エルトゥールル号が遭難・沈没したのは、この海金剛の近く。周辺の海域では今年1月、トルコの民間研究機関が海底調査を実施。今年は予備調査で、来年から3年をかけて本格的な調査を行う。海の底の遺品が約120年の眠りから覚めるかもしれない。
悲劇乗り越え友好の海へ
トルコの軍艦、エルトゥールル号は明治23年、海金剛の近くで遭難・沈没し、609人の乗組員のうち540人が犠牲になった。
現地の人たちは嵐の中、決死の覚悟で救助を行い、69人の命を救った。このことはトルコでも広く知られ、日本とトルコの友好の礎になった。事故現場近くには慰霊碑が建てられ、定期的に慰霊祭も開かれている。
悲劇から約120年。トルコの民間研究機関「トルコ海底考古学研究所」が今年1月、その遺品についての事前調査を行った。
トゥファン・トゥランル所長は、事前調査前の会見で、「日本とトルコの友好にとって意義深い調査にかかわることができ、光栄」と語り、来年から本格的な発掘調査を行う計画を明らかにするとともに、「海の底に沈んだ乗組員の記憶や思い出といったようなものに関するものを見つけたい」と話した。
今年は事前調査のため、サンプルとして薬莢(やっきょう)や滑車など約10点を回収。砂に埋もれている物もかなりありそうといい、「小さくても歴史的に価値のある遺品を見つけたい」と来年からの調査に期待をかけた。
事前調査には日本側からもダイバー3人が協力した。串本町観光協会の会長で、同町でダイビングショップを経営する中村洋介さん(52)もそのひとり。
事前調査は約3週間続けられ、その間、10日間ほどはトルコ側の研究者らと一緒に海にもぐり、遺品の残存の様子を調査した。来年は日本側5人、トルコ側5人の計10人で40日程度もぐって調査する計画で、「同じ目的で違う国の人ともぐるという経験は貴重だった。仲間意識もでき、自分の財産になった」と話す。
しかし、この海が多くの人の命を飲み込んだ場所ということは忘れていない。「確かにここは悲劇の海。しかし、きっかけは悲劇だったが、そこから両国の友好が育った」。悲劇を乗り越え、友好の海へ。ダイバーらもその努力の一翼を担う。
http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070316/wdi070316003.htm